ビビット2011Part1

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船橋市山手地区のまちづくり計画

船橋市山手地区再開発@旭硝子船橋工場跡地の小学校編(15)

約13万m2もある広大な旭硝子船橋工場跡地の再開発が,ようやく起動する. その原案が,2010年11月15日開催された第106回船橋市都市計画審議会で一部あきらかになった. その原案では,東武野田線新船橋駅前を中心に10階建てクラスの集合住宅(マンション)が5棟もできる.
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その住宅の総戸数は,1500戸にもなる. では,どのくらいの人口になるのだろうか. これを推定するのに参考になる地域がある. ららぽーとTOKYO-BAYがある船橋市浜町2丁目だ. 15年ほど前までは,ほとんど居住している人がいなかったが,その後自主廃業した山一證券研修所や事務センタ跡地に東京ベイスクエアプリズム(511戸)や東京ベイスクエアミッテ(358戸)ができ,さらに世界最大の屋内スキー場ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス)跡地にできたワンダーベイシティSAZAN(1211戸),グランドホライゾントーキョーベイ(684戸)ができ,急速に人口が増加した地区だ.
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ここの船橋市浜町2丁目には,若いファミリィ層が多く居住するため,旭硝子船橋工場跡地の人口構成もほぼ同じ構成になるものと考えられる. 旭硝子船橋工場跡地の計画人口は発表されていないが,船橋市浜町2丁目の人口ピラミッドにあてはめると,男性 2049人,女性 2053人,総居住人口 4102人にもなる(さらに人口は増えるので計画人口は5000人か?).
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同じように,小学校の児童数,生徒数を推定してみると,小学1年(6歳)-小学6年(11歳)で 357人,中学1年(12歳)-中学3年(14歳)が 91人だ. 357人は,小学校ひとつ分に相当する.
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だが,今回の旭硝子船橋工場跡地の都市計画には小学校用地は組み込まれていなかった. 船橋山手地区は,工業地域であるため,この地区には学校や病院,公園がほとんどない. 特に,小学校は空白地帯になっている. 山手地区の小学校は選択制となっているが,大型マンションがつぎつぎに建設されたため,どこの小学校も教室が不足していて受け入れられる余裕はない.
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船橋市は,この小学生の受け入れ先として,比較的余裕がある市場小学校を想定している. だが,船橋小学校の全面改築の間の受け入れ小学校としても予定しているため,旭硝子船橋工場跡地の小学生を受け入れられるのかは微妙だ.
▼右地図は,5km圏と10km圏を示したもの.
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それに,旭硝子船橋工場跡地から市場小学校までは 2.1km もあり,大人の歩行速度でも 26分もかかる. 小学校1年の児童が歩く距離としてはキツい. 車が交通量が多い交差点も,いくつも渡らないといけない. 船橋市は,どうするつもりなのだろうか. この小学校対策の,参考になる小学校が船橋市内にある...
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船橋市山手地区再開発@旭硝子跡地編(10)1

約13万m2もある広大な旭硝子船橋工場跡地の再開発がようやく始まる. 2010年11月15日開催された第106回船橋市都市計画審議会で一部あきらかになった.
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船橋市都市計画審議会は,学識経験者や住民など20人(男性17人,女性3人)の委員で構成され,船橋市が決定する都市計画について調査や審議するものだ.
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旭硝子船橋工場跡地の案件は,まだ[原案の縦覧]の段階で,今後[案の縦覧]=>[都市計画審議会]=>[千葉県知事の同意]を経て[告示(永久縦覧)]となる.
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その原案では,10階クラスの集合住宅(マンション)が何棟もできるようだ. 都市計画道路3-3-7南本町馬込町線ぞいには,医療機関もできるようだ. だが,今回の都市計画には小学校用地は組み込まれていなかった.
▼ピンクが,既存小学校の半径500m円だ.
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船橋山手地区は,工業地域であるため,この地区には学校や病院,公園がほとんどない. 特に,小学校は空白地帯になっている. 山手地区の小学校は選択制となっているが,大型マンションがつぎつぎに建設されたため,どこの小学校も教室が不足している.
▼青い丸の部分に小学校ができれば,問題は解決するわけだが...
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比較的教室に余裕がある市場小学校までは,最短で 2.1km もあり,大人の歩行速度で 26分もかかる.
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1958年(昭和33年)に公布された「義務教育諸学校等の施設費の国庫負担等に関する法律施行令第4条1項2号」では,「小学校児童 4km,中学校生徒 6km を最高限度とすることが適当」としている. だが,あくまでも最高限度であり,地理的特性や歩道の整備などの条件,児童生徒に与える影響を考慮して通学距離の基準を定めるとしている.
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船橋市が作成した「山手地区のまちづくりパンフレット」の範囲(工業地域)にも入っていない地区として,まだ利用目的が明確になっていない場所がある. 起業家育成を目的としたベンチャープラザ船橋(中小企業基盤整備機構)の隣の土地(第1種住居地域)だ.
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旭硝子船橋工場としても使っていた場所でもあり,今回の都市計画変更にいれてもよかった部分でもある. 入れなかったということは,高さ 20m 以下の建物しか建てられないということになる. 逆に,へたに都市計画変更審議に入れてしまうと,場合によっては都市計画確定までの間,手を付けられなくなってしまうこともある. そのようなことを避けるために,あえて都市計画に入れなかったものと思われる.
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船橋市山手地区再開発@旭硝子跡地編(9)

船橋市山手地域旭硝子(AGC)は,テレビのブラウン管(バルブ)を製造していた工場だ.
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旭硝子船橋工場(当時は旭特殊硝子)が創業したのは,1956年(昭和31年)11月だ. 通産省の政策もあり,当時ブラウン管が作れるのは,旭硝子船橋工場だけだった.
▼1974年(昭和49年)ごろの旭硝子船橋工場.
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1959年(昭和34年)4月の皇太子ご成婚式がきっかけとなってテレビ需要が急速に伸びていく. 1964年(昭和39年)の東京で開かれた第18回夏季オリンピックで,テレビは爆発的に普及した. さらに,1966年(昭和41年)からは,本格的なカラーテレビの時代になっていく.
▼1979年(昭和54年)ごろの旭硝子船橋工場.
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しかし,1995年(平成7年)にシャープが日本初の10.4インチ液晶テレビを発売,その後ブラウン管を使ったテレビ液晶テレビプラズマテレビに変わっていく. そして,旭硝子船橋工場も2004年3月で完全閉鎖してしまった.
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東武線新船橋駅東側の旭硝子船橋工場跡地が注目されていたが,その計画の一部があきらかになった...
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船橋市山手地区再開発@旭硝子跡地編(8)2

船橋市の山手地域は,テレビのブラウン管(バルブ)を製造していた旭硝子(AGC)船橋工場をはじめ,日本の産業をささえてきた. しかしながら,時代は変わりブラウン管を使ったテレビは液晶テレビに変わるなど,急速に産業用途は縮小している. 旭硝子(AGC)も,その流れのなか2004年3月に旭硝子船橋工場を閉鎖し,工場の建物も撤去された.
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しかしながら,旭硝子船橋工場跡地の土壌や地下水から,環境基準の約7300倍に当たるヒ素が検出され,約20万tにもおよぶ土壌を約60億円の費用と3年の歳月をかけて土壌浄化をおこなったのだった.
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その作業も終わり,約13万m2もある広大な工場跡地の再開発が注目されていたが,都内の有名私立大学の誘致などのうわさ(噂)聞こえてくるものの,なかなか確実な情報が出てこなかった.
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その旭硝子船橋工場跡地の再開発がようやく始まるようだ. では,その開発とはどのようなものなのだろうか...
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